2018年6月、日本ディープラーニング協会(以下JDLA)の理事で、AIベンチャーの元代表取締役社長 佐藤 聡氏が新しい会社を起業したというニュースが飛び込んできた。
佐藤氏が代表取締役を務めた会社は、AI開発環境を開発、提供している企業だ。製造業におけるAI技術の適用に力を入れている。
前職を退任した佐藤氏は、AIコンサルティング会社のconnectome.design株式会社を始動。「佐藤が本気で新AI会社を始めました。」というキャッチフレーズのもと、AI技術の社会実装を進めている。2019年4月1日には、同社の技術アドバイザーに東京大学大学院教授、日本ディープラーニング協会の理事長である松尾 豊氏も就任した。
本稿では佐藤氏に、新事業を開始した理由、国内外のAI浸透状況から自身のAI哲学まで、たっぷり語ってもらった。
「AIを1周やった人」が増えてきた
近年、AI技術は徐々に既存の業務に組み込まれつつある。佐藤氏は、相談を受ける企業のスタンスが、以前とは明らかに変化しているという。
「ほんの1年前は、『AIでそもそも何ができるのか教えて欲しい』と相談されることが多かった。企業の中にAIを理解している人がいなかったり、トップダウンで『AIやろう』と降りてきて、困惑している人が多かった印象があります。しかし、最近はPoCを1回行ったうえで、『もっとこうできるのではないか?』『既存の問題に適用するにはどうしたらいいか?』など、より産業適用を見据えた相談が多くなりました。AIを1周やった人が増えてきたように感じます」
佐藤氏は、AIプロジェクトの経験者が増えた理由として、メディアの報道や、JDLAが主催する資格であるG検定、E資格などの認知が向上し、AIを実装するために必要な知識が体系化されてきたため、と話す。
G検定とは、ディープラーニングの基礎知識を有し、適切な活用方針を決定して、事業応用する能力を証明する資格。また、E資格とは、ディープラーニングの理論を理解し、適切な手法を選択して実装する能力を証明する資格であり、運営母体はJDLAで、佐藤氏も理事を務めている。
では、海外の事情はどうか。
「やはり中国とアメリカは日本のはるか先を行っていますね。中国は、そもそも国の体制がAI技術を開発するうえで有利です。国が主導し、圧倒的な速度でデータを集められるのは、アメリカにも真似できない強みだと思います。一方、研究や教育のレベルに関してはアメリカのほうが進んでいるように思えます。スタートアップ精神が強く、ディープラーニングを活用し、一気に事業をグロースさせる一点突破型が多い印象です」
国内外の状況を踏まえたうえで、佐藤氏は「ビジネス視点の重要性」が増しているという。
「昨今話題になっているAI搭載の監視カメラを例にとりますが、正常な動きと異常な動きのデータさえあれば誰でもサービスを完成させることができます。つまり、技術はコモディティ化している。AIをどのようにビジネスにつなげるかという視点がより重要になりつつあります」
人材を集め、「知の爆縮」を起こす
佐藤氏が創業メンバーとして2011年に立ち上げたAIベンチャーは、設立当初、AI技術を総合的に扱う企業だった。事業を進めるなかで、特に製造業の顧客から好意的な反応が目立ったという。
そこにニーズを見出し、製造業特化とエッジコンピューティングへの舵を切る。しかし、佐藤氏はさまざまな部分に応用できるAIという技術そのものに興味があった。そこで、多様な業界へ関わることのできるコンサルティングに注力すべく、connectome.designという会社を立ち上げることになる。
connectome.designは、
- AI関連技術活用コンサルティング
- AI関連技術エンジニアリング
の2領域をメイン事業として進めている。
「なかでも注力しているのはコンサルティングですが、実際にAIを実装するためには、技術を理解したうえでコンサルテーションできる立場のもののほかに、最新の研究結果を有するアカデミア、新しい技術を検証するためのエンジニア、業界特有のビジネスモデルやデータを有する企業と、さまざまな人材が必要となります。これらのリソースを1社ですべて抱えるというのは不可能です。たとえば、能力の高いエンジニアの採用は、国内外問わず難しい。また、経験の少ないエンジニアを一から採用・育成するとなれば、それなりの労力が必要です。そこで、チームの人員を『ギルド』という形で集め、『知の爆縮』を起こそうとしています」
出典:connectome.design提供資料
「爆縮」とは、主に核爆発の際に核分裂を誘発するため、内側に向けて爆発を起こす技術を指す用語だ。
「ベンチャーが資金調達などを行うと、事業拡大のため、イグジットへの圧力がかかります。会社が大きくなるほど、新規の部署が生まれ、経営資源が分散してしまい、ひとつの領域に集中することが難しくなる。そうなると、研究開発に集中していた人材も別の業務と兼務せざるを得なくなり、モチベーションが下がり、会社を離れてしまいます。これを『爆発(エクスプロージョン)』としたときに、内向きに力を貯め、外側の爆発では起こせないイノベーションを、ギルドによる『爆縮(インプロージョン)』で起こせないか、と思ったんです」
同時に佐藤氏は、AIモデル、実装事例やデータを自由に売り買いできる「マーケットプレイス」の構想も視野に入れている。
「AIモデルを、スクラッチで開発するのは時間とお金の無駄です。ほかの会社も画像認識をやろうとしているのであれば、自社で使ったモデルを自由に売り買いできるプラットフォームがあればいいなと。現状、プラットフォームと言えるものはAPIなどに限られており、製造業、医療、化学プラントなど特殊な状況で使えるモデルが流通しているものは存在しません。部品が置いてあって、組み上げれば完成する状態なら、そこに新たなマーケットが生まれると思います」
構想しているマーケットプレイスのインターフェースは、Netflixのようなものを想定しているそうだ。簡単に利用できれば、誰もが「僕の考えた最強のAI」を作れるようになるかもしれない。
AIを「善く生きる」ために使う
最後に、connectome.designの今後の展望を聞いてみると、次のような答えが返ってきた。
「現在AIと呼ばれるものはすべて『弱いAI』ですが、当然多くの人が『強いAI』を作りたいと考えていると思います。強いAIは、未だどうやったらできるのか全くわかりませんが、工学、脳神経科学、心理学、哲学など、多様な領域が合わさった領域で出てくるものだと思っています。ギルドやマーケットプレイスを作ることで、業界業種を超えたAI人材ををつなげるとともに、AIの実装に必要なキーとなる要素をオープンに流通させたいと思っています」
そのうえで、AIを「善く生きる」ために使いたいという。
「やっぱり、AIは『善く生きる』ために使われるべきだと思っていて。今後社会にAIが浸透していく中で、倫理的、道徳的な側面は絶対に外せない点です。今後はAIを活用してヘルスケアや交通安全などの分野で、社会に貢献したい。工場の生産性を上げるといった経済的な社会貢献の仕方だけではなく、より善く生きる方法を追求するうえで、技術を組み合わせていきます」